ほんの小さな出来事

最近1年があっという間に過ぎるようになりました。そんなあわただしく過ぎてゆく生活の中で起こったほんの小さな出来事を綴った信さんの日記です

旧田中銀行博物館 


先日奥秩父へ出かけたときの通り道、勝沼で立ち寄ったとても小じんまりとした田中美術館が ステキでした。
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明治30年勝沼郵便電信局舎として局長の田中英作さんが建設したそうです。
郵便局舎として明治35年まで使われのちに田中銀行として設立。
カウンターがある銀行社屋として使われました。

銀行の後は住宅に改修され、第二次世界大戦中は田中家本家に北白川宮様が疎開していたそうで、二階には疎開当時の調度品
葵の御紋入りの箪笥などが残されておりました。
数々の歴史を乗り越え、残された建物には当時の銀行時代の紙幣、やゴム印などが残され、まるで、小さな子供銀行のようで懐かしく温かみを感じます。
旧田中銀行友の会の協力で大切に運営されているようです。
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浮世絵双六とおもしろ東海道 

辻堂にできた浮世絵館の新年の催しです。  「浮世絵すごろく勢ぞろい」が見たくて行ってきました。
同時に展示してある歌川芳員の「おもしろ東海道五十三次」コーナーが滑稽で、浮世絵作家の価値ある展示物が無料で見ることが出来るのですから嬉しいことです。
お子さんたちにもわかりやすく説明がされ熱心に見入る小学生の姿も見受けられましたよ。
江戸時代には東海道五十三次を進む道中双六や出世すごろくなどいろいろのすごろくが作られたようです。

↓浮世絵双六の一部です。
歌川広重  東海道遊歴双六        嘉永5年(1852)
日本橋が降り出し 京都が上がりとなっています。五十三次の宿場以外を回るルートがあります。
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作者不詳   四季のたのしみ双六  弘化年間(1844-1848)
四季の行事、風物を主題にした双六
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豊原国周   東海道俳優双六       明治15年(1882)
東海道の宿駅にゆかりのある歌舞伎演目の当たり役になった役者さんを描いてあります。
ちなみに藤沢は白波五人男に登場する弁天小僧菊之助が描かれています。演ずるは明治期の五代目尾上菊五郎さんだそうです。  
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昭和20年代~30年代 子供たちの遊びと言えばお正月の福笑い、犬棒かるた、双六、女の子のセルロイドの人形遊びやおままごと、着せ替え人形にきいちの塗り絵などなど私はこんな遊びにあけくれながら成長しました。
トランプや双六は近所のお姉さんやおばさんを交えてよくやったものですが、どんな種類の双六で遊んでいたのか記憶が抜けてどうしても思い出せず残念です。
あの時代がとても懐かしい~
こうした話になるととどめなくいくらでも語れちゃうって老いた証拠
帰りには、使うことはないと思いながら、お土産に東海道名所案内双六を一つ購入してしまいました。

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藤沢浮世絵館 

早く見に行きたいと心待ちにしていたところ
先日藤沢市辻堂に藤沢浮世絵館がオープンしました。そこへ、、、、、、、
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記念展の第一期は「絵師たちに愛された藤沢  北斎・歌麿・広重・国貞」を開催中です。
↓このコーナー  役者見立東海道五十三次

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人々の暮らしや世相を描いた浮世絵には惹かれます。
東海道の6番目の宿場町藤沢は時宗総本山遊行寺があり、行楽や信仰の地としての江の島や大山詣での入り口にあたり、多くの浮世絵作品が描かれたようですね。
藤沢市では 旧東海道や江の島を題材にした浮世絵・すごろくなど1500点ほどを収集したそうです。
 
①東海道のコーナー②藤沢宿コーナー③江の島コーナー④企画展示コーナーなどに分かれているのですが、中でも藤沢宿コーナーの「藤沢浮世絵名所めぐり」ビデオがとても興味深く、涼みながら繰り返し見てしまいました。
浮世絵に描かれた場所の現在の風景その対比がとてもおもしろい。
手ぶれだらけの動画ですが藤沢の今昔 ごく一部です。
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若冲展 最終日 

最終日だから、逃がせない。 そう心に決めて出かけて行った上野。
ぐるぐる巻きの行列、蒸し暑さ、ただいま2時間待ち
他を先にまわろうか?あきらめようか?
気持ちを奮い立たせ、塩飴、水、日傘にうちわ熱中症対策用品をいただいて、行列に加わる。
思っていたより早く1時間10分ほどで入場出来、混雑の中素晴らしい若冲展に驚嘆の声をあげながら鑑賞してきました。

そもそも伊藤若冲さんのことはテレビの「何でも鑑定団」で名前を知っていたぐらいだったのです。

京都に嫁いだ姉が京都のお寺にたくさん作品があるで~と自慢げに語り、 義理の兄が西陣織帯や着物のデザインを考える際よく若冲さんの絵を参考にして見ていたと懐かしんでいました。
その人となりは帰宅して、買ってきたファイルなどをみながら、ゆっくり勉強中です。
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とにかく、あの混雑の中、時折、隙間から全面に入り込んで、見た鶏の羽の一枚一枚、足、赤いとさか、すべての細かい描写に圧倒され、疲れ切った1日でしたが、本当に行ってみて良かった~とまだ余韻に浸っています。
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ペコちゃん展へ 

ミルキ~はママの味~♪♪ とくるとペコちゃんの顔が浮かんできますね。
愛くるしいぺこちゃんをあしらったペコCarが静かな美術館前に止まっています。

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ペコちゃん展を見に平塚美術館まで行ってきました。

不二家のミルキーが発売され その店頭の人形としてデビューしたのがペコちゃん
昭和とともに生誕65年ですって! 
それなのに永遠の6歳、ボーイフレンドとして登場したポコちゃんは1歳年上だそうです。

初代からのミルキーの空箱がならんでいました。
目がくるくる動くボックス モールの手がついてぶらさげるようになっているのもありましたね。
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↓ペコちゃんこけしも 1950年後半にはこんなものもあったとは......
私と同年代の人たちには懐かしものばかり

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私にとっての不二家と言えば、やはり横浜伊勢佐木町の不二家になってしまいます。

私の通った中学校はこの界隈に今でもあります
占領軍(GHQ)の接収が解除されつつあるころでしたから
かまぼこ兵舎が立ちならぶ景色を当たり前のように眺めながら、通学したものです。

戦前からあったという不二家の店は当然接収され、アメリカの将校の横浜クラブとして利用されていました。
接収が解除され、戦火をまぬがれた建物が現在も立派に利用されていることに、ちょッと感動を覚えます。
子供を持ち実家を訪れるたびに、父母と出掛けた伊勢佐木町の不二家が重なります。

↓現在の不二家
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↓接収されていたころ
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ペコちゃんはいつだって子供たちのアイドル ペコやんとともに成長してきましたから。

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現代人アーチストとコラボした面白い作品も展示してありましたよ。

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どうして横浜ではなく平塚美術館なのだろうという疑問もすぐに解決 
美術館の裏手に不二家の平塚工場がありましたから
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猛暑つづくなか、ひんやりとする館内で、親子連れ、お孫さんずれが工夫をこらしたイベントを楽しんでおりました。
9月13日まで開かれてます。



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信さん

Author:信さん
体型はズングリおばさん
でも以外と頑張り屋の信さんのブログ日記です
今までの日記はこちらです。
私のホームページ「信さんの部屋」です。

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