ほんの小さな出来事

最近1年があっという間に過ぎるようになりました。そんなあわただしく過ぎてゆく生活の中で起こったほんの小さな出来事を綴った信さんの日記です

隅田公園へお花見 

春のうら~ら~の隅田川  の~ぼり~くだ~り~の船人が~
櫂(かひ)の~しづくも~花~と散る~   な~がめを何~に~たとふべき

滝廉太郎さんの [花]を口ずさみながら、満開を迎えた4月1日 うららかな隅田川公園桜見物をしてきました。
久しぶりの東京でまず驚いたこと
中国語や東南アジア系の言葉が飛び交い、ここはどこの国と思ってしまうほどの観光客でした。
日本の桜はやはり美しいですね~ 絵はがきのよう。

sumida1.jpg

sumida3.jpg
地上から存分に桜見物、その後吾妻橋の船着き場から水上バスにのり浜離宮恩賜公園までの隅田川クルーズへ





吾妻橋を出発 言問橋(ことといはし)で方向チェンジし、駒形橋→厩橋→ 蔵前橋→両国橋→新大橋→清州橋→隅田橋→永代橋→中央大橋、佃大橋→勝鬨橋(かちどき橋)と浜離宮公園まで,なんと12の橋をくぐりぬけていきます。
↓駒形橋あたりでしょうか?
sumida5.jpg

そびえたつ聖路加ガーデン
sumida7.jpg

昭和15年6月14日に完成昭和45年11月29日まで跳開していたかちどき橋です。
sumida6.jpg/>
さ~徳川将軍家の別邸浜離宮に到着です。
hamarikyu1.jpg

帰宅し、気になって少しばかり調べてみました。
隅田川は荒川から分岐して東京湾にそそぐまで全長23.5km
江戸時代には防備の面から、橋をかけることが制限されていたようで、明治のころまでは渡し舟により両岸が結ばれていたようです。
橋が増加したのは被害甚大だった明暦の大火後とのことだそうです。
このように関東大震災、東京大空襲など歴史を見てきた隅田川
下調べもなく、お花見気分で楽しんで来た事 少しばかり悔いが残ります。

ゆりかもめ汐留駅から鼻の先に現れた日本テレビのそらじろう君が旅の疲れをいやしてくれました。

sorajirou.jpg
旅行 | TB(0) | コメント(-)

三度目の会津 

京都より姉が来訪
夏は暑さでこたえるから早めに.....そう思いながら秋も終わりのこの時期に
会津へ避難のいとこたちに再会してきました。

磐越西線から眺める会津磐梯山
takaranoyama1.jpg

仮設くらしは刺激も少ないからと心待ちにしてくれ、東山温泉に入り語り合うのみのつもりが
会津は見どころが多いからと車を走らせ大内宿を案内してもらい、旅行気分を味わい
それぞれ皆80過ぎの高齢 少しづつ小さく丸くなってゆきます。

来年には一人が、いわき市の復興住宅へ転居の予定
一人暮らしですから、環境の変化の影響も心配なところ、できるだけ電話で声掛けしてあげようと
再会を約束して別れました。

江戸の面影たっぷりの大内宿は南会津の山中にあり、半農半宿の宿場町だったそうです。 会津藩の参勤交代のおりここを通り日光へとむかっていったそうです。
名物のネギを箸代わりに使う高遠ソバも体験してきました。
昨日からぐっと冷え込んで、大内宿にも雪がまった模様、冬じたくのようです。

oouchi3.jpg

oouchi2.jpg

ふたたび会津へ 

夏休み最後の1週間 歩いて歩いて動きまわりました。

墓参を終え娘・孫たちを関西に帰した姉との二度目の会津への旅でした。 
1年ぶりのいとこたちとの再会は老いについて考えさせられることばかり

小学生のころには姉妹のように育ったひとりみのいとこもすでに82歳
この1年 杖を必要とするほど足元おぼつかなくなり、生命線である歩行の大切さをしみじみ思いました。

ホテルの夜は昭和の昔話に花が咲き
まだ遅々として復興の進まぬ不自由な仮設生活ですが、街ぐるみの生活 知人がいることが力となっているようで少し安心しています。


せっかく遠方より来たのだからと、私の希望だった会津の藩校 日新館や、ちょうど開催されているからと「八重と会津博」を案内してくれたり、郡山の野口英世の生家まで車を走らせてくれたいとこたちです。

会津藩校 日新館の全景

「もともとは鶴ヶ城の西側にあり、白虎隊の少年たちも通ったという日新館
戊辰戦争により焼失 昭和62年会津の精神文化を後世に伝えようと完全復元されたそうです」

hankounisshinkan1.jpg

hankounisshinkan2.jpg


別れはとにかくつらいもの 足腰に支障をきたす高齢者ばかり 再会を約束して、こらえてこらえて帰ってきました。母のふるさと福島は ぬくもりいっぱいでした。
やっと平日が戻り今日はぐっとこの1週間の疲れが出ています。

墓参 夏休みも終わりに.... 

姉が 関西より娘二人と孫たちをつれてやってきた。

4人姉妹、実家はすでになく、上大岡の父母が眠るお墓をお守りできるのも私の代で終わりかもしれない。

ひいじいちゃん、ひいばあちゃんの眠るお墓の場所を孫に覚えておいてもらいたい
もう何度も来られぬからと....足をかばいながら、スクラム組んでやってきたのです。

そこに妹夫婦たちも加わって、騒々しいほどの賑わいとなりました。
ichirenntai22.jpg

上大岡駅に集合、高台の墓所で3代そろって思い思いのお参りができました。
故郷横浜に身を置き、さすがになつかしそう。
中華料理が食べたい、元町で買い物したい、おばあちゃんの家があった場所へもう一度行きたいなどなど、みんなの希望はさまざまでミナトミライ駅へとなだれこみました。
孫たちはポケモンキャラクターグッズに夢中

我々は時間を惜しむように横浜物語に浸ります。
楽しいひと時を惜しみながら一団は息子夫婦の住む千葉へと嵐のように去ってゆきました。
ichirenntaik.jpg

予期せぬ出来事を父母も喜んでくれたことだろう。

風にゆれるポピー 

一度訪れてみたかった国営昭和記念公園
見ごろを少し過ぎたシャーレーポピーです。

東京ドーム40個分という広大な広さ 1983年東京ディズニーランドと同じ年に開園とのこと
少し遠出でしたが、電車を乗り継いおおよそ1時間40分 
頑張って行ってきました。とにかくよく歩きました。




日本庭園
nihonteien.jpg

akashiran.jpg

パークトレインに乗車 約1時間で園内一周できます(七つの停車駅)
tarain2.jpg

train1.jpg

5月26日には摘み取りイベントがあり賑わったようでした。
一部摘み取りが終わっていましたが、さわやかな風にゆれるポピーの花に癒された1日でした。
プロフィール

信さん

Author:信さん
体型はズングリおばさん
でも以外と頑張り屋の信さんのブログ日記です
今までの日記はこちらです。
私のホームページ「信さんの部屋」です。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム
ブログ内検索
RSSフィード
リンク